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カンブレー同盟戦争 その5

 正反対の意見があった場合、しばしばその中間が取られるが、
 今回の場合もそれに従って決定された。

 元老院の討議に掛けられた双方の策であったが、結果は双方
 の策とも退けられる。
 ダルヴィアーノの策は余りに大胆すぎるからであった。
 また、ピティリアーノのそれは余りにも臆病で、迫り来る危険の
 性格をよく考えていないとされたのである。

 元老院としては、確実に対応し、彼らの権力を多少失おうとも
 可能な限り被害を最小限に抑えることが出来れば上首尾で
 あっただろう。そして、フランスに対して全兵力をで当たるなど
 教皇軍が強力な援軍を得て攻撃してきた場合、いかなる武器、
 いかなる将官、いかなる兵力をもって対抗できるであろうかが
 懸念された。

 このようなことを考慮に入れると、より確実で、より安全に思われて
 考えられていた策が、不確実で、より危険なものに見えてくるもの
 なのである。

      フランチェスコ・グイッチャルディーニ著「イタリア史」より抜粋

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カンブレー同盟戦争 その4

 お盆が過ぎると一気に涼しくなってきました。

 扇風機だけでもようやく過ごせます。でも、仕事場

 はやっぱり暑いです・・・


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カンブレー同盟戦争 その3

 我々ローマ教皇庁は神の名に置いてヴェネツィアを弾劾
 する。奴等は都市国家の身でありながら、イタリア諸国
 に対し不当なる侵略戦争を仕掛け、彼らの都市を侵略
 した。さらに、その野望は留まるどころか、恐れ多く
 も我々ローマ教皇領までその手を伸ばしてきたのだ。

 我々は、以下の事をヴェネツィアに請求する。

 1.卑劣なるヴェネツィア政府は、今後25日以内に
 不当占拠をしている教皇領の都市を返還すべし

 2.占領していた期間に受け取った不当な利益も返還せよ

 これに応じない場合は、罰として懲戒と聖務停止を覚悟
 しなければならない。
 さらにこれは、ヴェネツィア市に限った事ではない。
 彼等の支配下にある都市も同様である。
 彼らは大逆罪をわが身に招いたのであり、すべてのキリスト
 教徒から永久に敵として懲戒されなければならないのである

 これらの者共に対しては、その財産を奪い、その身を奴隷に
 する事も許されるのである。

              神の代理人 ローマ教皇ユリウス2世


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カンブレー同盟戦争 その2


 1509年1月某日 ローマ教皇庁
 ローマ教皇であるジュリオ2世(ラテン読みユリウス)は
 カンブレー同盟に参加するか否か迷っていた。たしかに
 ローマニャ地方の都市を手放す気が無く、以前にもまして
 増長しつつあるヴェネツィアを叩き潰したい意思はあった。
 だが、イタリア国内にこれ以上外国勢力に介入されても困る。
 その上、トルコの侵略を防いでいるのは他ならぬヴェネツィア
 である。彼等が東地中海に睨みを利かせているからこそ、
 海賊も思う存分海で暴れる事は出来ないのである。

 ある日ユリウス2世は、ヴェネツィア大使のジョルジョ・ドルフ
 ィンと会談した。内容はもちろんロマーニャ地方の返還である。
 最初は穏やかに会談をしていたが、次第に議論は白熱し
 遂にジュリオ2世は
 「ヴェネツィア人など昔のような漁村に落ちぶれされてやる!」
 と言い放つ、だが、大使は平然と
 「ならば、共和国はあなたをただの司祭し貶めてみせる!」
 と言い放って会議は決裂した。
 その後ジュリオ2世はカンブレー同盟に参加する事を決意する。
 正式加盟をするのは1509年の3月23日である。


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カンブレー同盟戦争 その1 (注 相当長いです)

 1527年4月19日 
 ヴェネツィア軍の傭兵隊長アーカントスは、フィレンツェの政治家
 フランチェスコ・グイッチァルディーニとニッコロ・マキアヴェッリと
 共に、300人のスキアヴォーニ(ギリシャ人軽装騎兵)を引き連れて
 陸路でフィレンツェへと向かったいた。

 当時の情勢を簡単に説明しよう。当時のヨーロッパは、神聖ローマ
 皇帝にしてスペイン王カール5世とフランス王フランソワ1世の2大
 勢力がイタリア半島の覇権を巡り争っていた。スペインは南イタリ
 アに強固な地盤を築いていた。
 一方のフランスは1525年のパヴィアの戦いに敗北し、国王が
 捕虜になると言う事態を招いた。しかし、翌26年にマドリード協定
 により釈放された。
 だが、フランスはその条約によりイタリアに築いた地盤をスペインに
 委譲しなくてはならなかった。
 フランス王は不服とし、釈放されると同時に
 「この協定は強制的に結ばれた物であり無効である。」
 と宣言。さらに、スペインの勢力拡大を快く思っていなかった教皇領、
 ヴェネツィア、フィレンツェ等を巻き込み「コニャック同盟」を締結した。
 同盟が締結されたのは1526年5月22日のことである。

 翌6月下旬、教皇領、ヴェネツィア、フィレンツェの各軍は、カール
 5世軍の包囲するミラノに進軍した。しかし、スペイン軍の強力な
 反撃に遭い撤退する事になる。
 その後も大した成果をあげる事も無く、翌年を迎える。

 翌1527年1月30日 カール5世軍はミラノを出発する。
 そして、各地の略奪を続けながらボローニャに向かう。
 教皇軍の一部がボローニャの防衛に向かう。

 2月下旬 コニャック同盟軍の艦隊がナポリ沿岸を襲撃
 そして占領する。

 3月7日 カール5世軍はボローニャ領で略奪を続ける。

 3月15日 コニャック同盟軍はやむなくナポリ沿岸からの撤退
 等の条件と共に8ヶ月の停戦協定を結ぶ。

 だが、カール5世軍を指揮していたブルボン元帥が協定の
 遵守を拒絶した。ボローニャ領内を略奪しつくすと、そのまま
 フィレンツェに向かい進軍した。3月30日のことである。



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