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斜線陣と斜行戦術

DOLと関係の無い話ばかりで、ゴメンねゴメンね!

最近ろくにinする時間無くてネタが出来ないんです!

(ホントはネタまみれのブログになるはずなのに・・・)

コレも、皆、店長が悪いんです。

「今日は終電の一個前に乗れた・・・幸せ」

皆様は決してこんな奴隷にならないように
さて、本題に入りたいと思います。

エパノイノンダスの斜線陣と

フリードリッヒ2世の斜行戦術。

この二つはよく、似たようなものと言われますが、

実は全く違う戦術なのです。レウクトラの戦い 陣形
これが、昨日やったレウクトラの戦い。

ロイテンの会戦
こっちが、斜行戦術が成功したロイテンの会戦。

大航海時代より200年も未来の話になりますが、

ロイテンの会戦をかいつまんで説明します。

1757年12月。前のロスバッハの戦いで、

ザクセン・墺軍を叩きのめした、プロイセンの

戦争マニア、フリードリッヒ2世は今度はオー

ストリア軍を粉砕するためにシュレージェンに

向かった。

その頃、シュレージェンに居たのは、

女王の夫の弟で、コイツが参加した戦いは

勝った例がないと評判のカール公子と

高い所大好きで小心者のダウン伯だった・・・

ダウン伯は「あの丘の上に居たい」と言ったが、

無能で浮気者の錬金術マニアの守銭奴の弟の

カール公子は、「コッチのが倍居るんだし、普通に

行っても良くネ?」と決めて、ブレスラウ西のロイテ

ンに進出した。

1757年12月5日

オーストリア軍は東西に走る街道を、南北に分断するよう

布陣。親父の遺言を守らないのに定評のあるフリード

リッヒ2世も正面に向かい合うよう西から戦場に入る。

だが、コレは陽動だった。

実はプロイセン軍はオーストリア軍の南に

回り込んで横から攻撃しようと目論んでいた。

まず、プロイセン騎兵隊がオーストリア軍

左翼騎兵隊を、追い払った。

そして、騎兵隊は更に後方に侵入した。

その間にはプロイセン軍は既に、斜行を完成させ、

がら空きになった、オーストリア軍左翼に向かって、

銃をぶっ放しながら銃剣突撃をした。

ダウンは、急いで全軍を回頭させようとしたが、

ろくな訓練を受けてないオーストリア軍には

無理な話であった。

戦局を打破するために投入した、右翼騎兵隊

も追い返され、自軍の戦列の中央まで突入され

た為、オーストリア軍は退却した。

まとめ

斜線陣と斜行戦術の違いを一言で言うと

デバイが敵の急所を、全力でぶん殴ったのに対し

斜行戦術は正面を殴ると見せかけてボディーブロー。

追記

この戦いの後、無能なカール公子は指揮権を

ダウンに押し付けて、軍務から手を引いた・・・

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