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リアルヴェネツィアのお話 その2

 ピエトロ・グラデニーゴ(1252-1311)


 第49代元首でグラデニーゴ家の中で一番有名な人物。
 
 当時のヴェネツィアは、民主制であった。(DOLの時代は貴族制)

 しかし、実際には一部の名門の家系から議員が選ばれる事が多く

 なり、賄賂の横行や衆愚政治に惑わされ、腐敗の極みにあった。

 そのため、彼が元首に選ばれると真っ先に政治改革を行なった。


 1.大評議会(要は元老院)の人数を100人から500人に増やす

 2.議員を終身制とし、25歳以上の嫡子には自動的に議席を得る

 3.ただし、議員の家系は増税と兵役を優先させる

 4.本日まで議員だった者は一度職を辞して再選挙を行なう
 
 5.以後、原則として議員の人数を増やさない


 これが、後述の大評議会の「閉鎖」である。さらに、今まで評議会

 の議員の100名が「旧い」家柄で、この時に増えた400名と、後の
 
 ジェノヴァとの戦争による戦費調達で、貴族の権利を「買った」家系

 等が「新しい」家柄とされている。(ただし、「閉鎖」以降にも、議員

 に登録される例もあった)


 この改革で、世襲制になった為に「議員」は「貴族」に変った。

 また、議員の増員により一人当たりの発言力を減らす事に成功。

 さらに、(言い方は悪いが)無知で自己の利益を得る事しか

 考えない民衆を政治の場から追放する事にも成功する。


 だたし、政治の場から追放された下級民衆と、自己の特権を減ら

 され、「名門」であることに慣れきっていた「旧い」家柄の双方から
 
 激しい恨みを買う羽目になる。


 そのような事は意に介しないグラデニーゴは、フェラーラ、ジェノヴァ

 との戦いに勝利して勢力を拡大する。

 だが、ローマ教皇がヴェネツィアの勢力拡大に警戒心を強めると、

 反対派は、グラデニーゴの失脚を画策した。


 1310年6月15日

 バイアモンテ・ティエポロを中心としてクーデターが勃発するが、

 グラデニーゴは既に事前に察知していた。さらに、グーデター側

 は市民の支持に欠けて居た。多くの市民は、彼に異を唱えて、

 元首グラデニーゴの元に集まった。


 もし、このクーデターが「民主制」の復活を説いた物であったら、

 成功していたかも知れないが、彼は「君主」に成ろうとしていた。

 そのために市民の支持を失う。

 さらに彼の支持者である「バドエル家」や「クエリーニ家」はいずれも

 「旧い」家柄で、己の権益の復活を画策していたため、支持を失う。


 こうして、クーデターは僅か一日で失敗に終わった。これが、後述の

 「1310年の陰謀」である。

 
 クーデターを鎮圧したグラデニーゴはこの一件を機に、ある委員会

 を設立した。それが、イベントにも出て来た「10人委員会」である。

 設立した当初の「10人委員会」はCIAのような「秘密警察」で、

 貴族や市民の監視体制の強化を目的した物である。だが、次第

 に権限は強化されていき、DOLの時代(16世紀前半)には、内閣

 のような存在になっていったのである。


 翌1311年 第49代元首ピエトロ・グラデニーゴ 急死

 ・・・・・・一説には反対派による毒殺であったと言われている。
 



 今日は、後述の部分について書き上げました。

 前の続きはまた後日です。


 次回へ続く



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